極楽寺へ鎌倉三十三観音御朱印巡りの旅

札所第22番、霊鷲山 極楽寺(ごくらくじ)

極楽寺は正式には極楽律寺といい、鎌倉でただ一つある真言律宗の寺院です。

歴史は、1259年(正元元年)に二代執権北条義時の三男・重時が現在の鎌倉市西部にあった寺院を、当時地獄谷と呼ばれていた現在ある場所に移したことから始まったとされています。

当時のこの場所の有様はひどく、死体が遺棄されてたり、身寄りがないという理由などで行き場を失った者達が集まり、「地獄」さながらの場所だったことから極楽寺という寺が建てられたという説もあります。

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極楽寺 境内

重時は寺が完成する前に亡くなり、伽藍が整備されたのは重時の死後(1261年)とされています。

重時が書いた「六波羅殿後家訓」と「極楽寺殿御消息」が有名で、武士の家訓として現存しているものでは最も古いものです。

極楽寺 境内2

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極楽寺 開山

開山としては良観房忍性を招き創建されたとありますが、忍性が入寺したのは1267年(文永4年)伝えられています。

開山の忍性は貧民救済のため尽力したことでも知られ、極楽寺も鎌倉の慈善救済活動の中心として活動をしていました。

境内には施楽院・悲田院・療病舎などが建てられ、貧民は無料で診察をしたと伝えられています。

こういったことから庶民から忍性菩薩と呼ばれ、尊敬を集めました。87歳で没した後、遺骨が極楽寺など6箇所に分骨されたことからも、忍性がどれだけ親しまれていたかがうかがえます。

極楽寺 本堂

開山当初は広大な寺域を所有し、塔頭49院を所有し七堂伽藍が揃った大寺院でした。

ところがその後台風や地震などの天災や、戦火や火災などを繰り返し、その度に再建を繰り返したものの多くを失いました。

極楽寺 本尊

極楽寺の本尊は木造釈迦如来立像で、永仁5年(1297年)と銘記があります。

普段は秘仏とされていて公開されていませんが、4月7日~9日のみ拝観することが出来ます。

札所本尊は如意輪観世音菩薩です。

<観音堂>
極楽寺 観音堂

極楽寺 山門

1863年(文久3年)に再建されたという、大きな茅葺屋根の風格のある山門が目印です。

極楽寺 山門

極楽寺 五輪塔

極楽寺の裏山には、高さ約3mを超える忍性塔(五輪塔)があります。

その大きさから当時の極楽寺の繁栄がうかがえます。

極楽寺 五輪塔

極楽寺駅 関東駅100選

江ノ電の極楽寺駅は、関東の駅100選に選ばれた風情ある駅になっています。

極楽寺駅

極楽寺 御朱印

極楽寺 御朱印

ご詠歌 みのりとく わしのみやまを まのあたり 弥陀のみくにに 入ることとして

極楽寺 時間

開門9:00 閉門16:30
拝観料 無料(宝物館300円)
住所 鎌倉市極楽寺3-6-7 tel 0467-22-3402

極楽寺の動画、「アッ!」と驚く美しい映像を見る。

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